uruya’s diary

夏山登山とツーリング。冬は鉄分多め。

山田風太郎ミステリー傑作選 -悽愴篇- 棺の中の悦楽

棺の中の悦楽 悽愴篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈4〉 (光文社文庫)

棺の中の悦楽 悽愴篇―山田風太郎ミステリー傑作選〈4〉 (光文社文庫)

女死刑囚
執行を明日に控えた女死刑囚、矢貝三千代。脳裏に浮かぶのは、淡い恋を抱いていた久世牧師の姿である。
孤児だった三千代は、久世牧師の父に拾われて、兄妹のようにして育った。聖少女のようだった三千代は、当の久世牧師の協会で、石川大輔と結婚する。この石川がアブノーマルな男で、三千代を虐げつづけていたが、生活を続けるうちに三千代の精神は様変わりし、逆に女王として君臨するようになった。
あるとき三千代は、久世牧師がパンパンのような女を連れているのを見て衝撃を受け、自分の久世牧師への感情に気づく。そして家にひき返すと、石川ら一家四人を毒殺した。

30人の3時間
羽田発板付行の飛行機が無線機の故障により迷走飛行をはじめた。乗り合わせたのは乗客搭乗員あわせて約三十人。いずれも訳ありの人々は、人間の本性を現して狂騒状態となる。

かぐや姫
戦後東京にできた遊廓、東京阿呆宮。経営者は篝男爵家の娘婿、欣一郎。
辣腕ビジネスマンだった彼は、請われて篝家の娘鶴代と一緒になった。戦後を迎えると事業を一大転換し、キャバレーや遊廓を次々と展開、巨大なグループを築き上げる。しかし愛娘宵子をなくし、希望を失った彼は、阿呆宮で爛れた生活を送るようになる。篝家の義母はそんな欣一郎をなじるが、すでに旧華族の威勢などない時代。妻の鶴代ですら、遣手婆然としている始末である。
ところがある日、鶴代の妹、冬子が妊娠したとの報が入る。篝家のなかで唯一、天使のようだった娘。しかも生まれつき心臓弁膜症を患っており、子供など産める体ではない。そんな冬子を孕ませたのは、いったい誰なのか…?

赤い蝋人形
流行少女小説家西条簫子を訪ねに鎌倉へ向かっていた編集者は、大船駅で車両火災事故にあった。百人以上の犠牲者が出た事故で九死に一生を得た彼は、療養後あらためて、人気連載の引き延ばしを西条女史に依頼しに行く。そこで編集者は、簫子がなぜか事故当日の国鉄切符を持っていることに気づいた。
ちょうどそこへ、ひとりの酔漢があらわれる。女史の妹、直子の夫須田である。直子は女学生時代、むしろ姉よりも文学的ヒラメキがあると言われていたが、姉との差は開くばかり。須田もまた、天才とうたわれた画家だったが、現在はアル中の贋作画家に成り下がっている。須田は高価な絵の一部を直子が盗み出したと怒鳴り込んできたのだが、帰宅した簫子は、そんな贋作に価値はないと一蹴。青山の須田宅まで車で送り届けることになった。
同行した編集者が須田宅で見たのは、直子が灯油をまきちらして宅に放火したらしき騒ぎと、紅蓮の炎の中に立ちすくむ女の姿だった。

わが愛しの妻よ
佐須螺子工場の工場主錠助は、妻の品子が取引先の課長で重役の息子である男にレイプされたのを知った。愛妻家だった錠助は、商売上の不利益も顧みず男を訴える。世論は錠助に味方し、男は破滅に追い込まれた。
しかし騒ぎがおさまると今度は、区会議員の息子らふたりに品子がレイプされる。錠助はこのときも、あらゆる懐柔に耳を貸さず犯人を訴えるが…

誰も私を愛さない
終戦直後。大学生の石川、戸祭、中条、筧、御手洗、城は、ある契約を交わした。リリイというパンパン娘を連れた城麟太郎の提案で、多夫多妻の群婚をおこなうことにしたのだ。
その数年後。記憶喪失状態で目覚めた秩父暁子は、新聞記者城麟太郎の案内で、マゾの仏文教授石川、変態医師戸祭、キャバレー王中条、レブラの画家筧を夫であると紹介され、たらい回しにされる。その裏で、工事会社現場監督御手洗は、淫売婦リリイを殺した罪で逮捕されていた。

祭壇
何回目かの堕胎で子宮癌がみつかったカフェの女給。医者は手術すれば治るというが、彼女は自殺することにした。ただ死ぬのではなく、心中というかたちでだ。
その日から彼女は、彼女の祭壇にささげるための男を、客の中から選びはじめるが…

二人
美術史教授で美術品収集家の篝教授と、その美しく気品高い妻。だがこの夫婦は、裏の顔を持っていた。
隣家には若く美しい兄妹がふたりきりで住んでいる。あるとき教授は、夜の銀座で妹のほうが袖を引いているところに居合わせる。そのまま深い仲になった教授だが、その関係は彼女の兄と彼の妻に知られてしまう。

棺の中の悦楽
さえない男脇坂篤は、むかし家庭教師をしていた稲葉匠子を神聖視し、プラトニックな感情を抱いていた。その匠子が結婚したとき、篤はある決心をする。
四年前、篤は殺人を犯した。匠子が疎開中のこと、ある男に乱暴されたことがあった。幸い彼女はその事実を心の奥底にしまいこみ、すべて忘れてしまったようで、両親は事件をうやむやに済ませた。ところがしばらく後、男は厚顔無恥にも稲葉家を訪れ、小遣い銭の無心をしたのである。これが脅迫であると知った匠子の両親は、篤に金を持たせ、二度とかかわらぬように交渉を頼む。このとき篤は、男を線路に突き落として殺してしまったのである。
その翌々日のこと。速水という男が、千五百万円もの大金をもって訪ねてきた。その金は速水が横領した公金である。自分はほどなく逮捕されるが、これほどの大金を手に入れるため、覚悟の上で実行したことである。ついては出所まで預かっていただきたい。使い込んだりすれば、君の殺人行為を暴露する。その言葉どおり速水は逮捕され六年の懲役を受け、巨額横領事件は大いに世間をさわがせた。
さて、この条件下で篤がした決心とは、速水が刑期を終えて出所してくるまでに、すっぱり金を使い切って死んでやろう、というものだった。使い道は、いままでまったく縁のなかった女である。各半年の期限を切って五人の女たちと高額愛人契約を交わし、愛欲を味わい尽くした上でこの世からおさらばするのだ。

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救いのない話を集めた凄愴編。表題作のみ中篇、他は短編の構成。

ハッピーエンドで終わるかに見せて暗転するような話も多く、後味のわるさに拍車をかける。
表題作は傑作と言っていいだろう。五人の女たちとの、それぞれまったく異なった愛欲の生活。その果てに真実をつかんだと思われた主人公だが、この上なく皮肉なラストを迎える。
その他短編も、小粒ながら刺激の強い佳編。『祭壇』は表題作と表裏をなす物語で、『赤い蝋人形』は今となってはありがちな落ちだが、ミステリとしての仕立てがうまい。

奇想、凄愴は山田風太郎の代名詞だろう。粋を極めたミステリ集。