uruya’s diary

夏山登山とツーリング。冬は鉄分多め。

クライマーズ・ハイ / 横山秀夫

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

群馬の地方紙、北関東新聞の記者、悠木和雅。ある社内事件をきっかけにして、四十になるというのに現場遊軍記者のままだった彼の身に、突然最大級の事件が降ってわいた。御巣鷹山日航機墜落事故である。五百人余の死者を出した空前絶後の惨事を地元群馬県内で迎えた北関東新聞社は、上司の一存で悠木を全権デスクの位置に据える。その人事は、悠木の微妙な立ち位置を考慮した社内力学によるものだった。
社内上層部と軋轢を起こしながら、いち記者としての矜持をデスクとして貫こうと、苦闘する悠木。だが彼は、日航機事故の他にも悩ましい問題を抱えていた。

山歩き同好会に顔見せ程度所属していた悠木だが、販売局に所属する安西とは妙に親しくしていた。一方的に見込まれたと言っていい。やっと山歩きの楽しさを覚えたレベルの悠木を、谷川岳衝立岩登攀に誘ったのも安西である。その当日に起こった日航機事故によって谷川岳へ行くことはかなわくなったわけだが、先に到着しているはずだった安西は、深夜の繁華街でクモ膜下出血を起こし、倒れてしまったのだ。
意識を喪失したまま目覚めない安西は、かつて気になる言葉を残したことがあった。なぜ山に登るのか、よくある質問に対する答えである。「下りるために登るんさ」彼はそう答えた。その言葉の意味を知ることは、もうできないのだろうか…

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流行作家ですね。読めば絶対おもしろいだろうとは思いつつ、なんとなく読んでなかった。読んだらやっぱりおもしろかった。すごい疾走感で、ページがどんどん進んでいく。

まさに群馬の地方新聞記者だった著者の実体験も多分に含まれているのだろうか。日航機事故の取材描写が克明かつリアリズムにあふれ、緊迫感を煽る。とはいえ現場のシーンはまったく出てこない。デスクとして指揮をとる主人公を通し、記者たちからの間接的な情報として読者に示される。下世話な生々しさが排除され、悽愴さだけが伝わってくる描写だ。
とりわけおもしろいのは、社内抗争に立ち向かう主人公の姿。過去の栄光にすがる記者上がり、色ボケの社主、派閥のみが価値観である幹部…有象無象の俗物たちに、ときに翻弄され、ときに敢然と抗議する主人公の描写は、一級の企業小説と言えるかもしれない。いや企業小説なんて読んだことないし興味ないけど。

本作中で取り扱っているネタは多岐にわたる。上記日航機事故とそれに関わる主人公の奮闘、過去に起こった事件による部下の遺族との確執、親子の関係、安西という男の生き様、などなど。これだけ盛り込んでいるのに、ストーリーに一本筋が通ってとっちらかっていない。すべてをラストシーンに向けて昇華させていく著者の手腕は、もの凄いと思った。

クライマーズ・ハイ。夢中で登っているあいだは恐怖が麻痺して一気に登ってしまう。しかしいったんその状態が解けると、封じ込めていた恐怖心が一気に吹き出して一歩も登れなくなってしまう。大きな事件に立ち向かった主人公が、夢中で目の前の山を登っていく姿をあらわしたタイトルだと思う。
読者もまた、主人公の後を追い、夢中でページを繰ることになる。登りきった場所から見えた景色は、とても爽やかなものだった。

山頂から見える景色は、そこまでの苦労をすべて吹き飛ばしてなお余りある。そういうものです。あー、早く夏山シーズン来ないかなあ。山行きたいなあ。