uruya’s diary

夏山登山とツーリング。冬は鉄分多め。

八甲田山死の彷徨 / 新田次郎

八甲田山死の彷徨

八甲田山死の彷徨

ロシアとの緊張が高まる中、青森駐屯陸軍第四旅団に雪中行軍演習の指令が出た。津軽海峡を制圧された事態を見越し、交通が遮断された場合の行軍可能性を量る意図である。
弘前を出発して青森に向かう、徳島大尉率いる第三十一聯隊と、青森から八甲田山系を超えて弘前に向かう、神田大尉指揮の第五聯隊。見事に全行程を歩きとおした三十一聯隊に対し、五聯隊は指揮系統の乱れから、八甲田山中でほぼ全滅する。

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雪山遭難事故の恐怖!次々と発狂していく兵士たち!おそろしや、おそろしや…低体温症に陥いると意識障害をおこして幻覚をみたりするらしいからなあ…トムラウシ遭難事故でも、急に笑い出したり意味不明なことを口走った人たちが次々と動かなくなっていった、という生存者の証言があった。

三十一聯隊の成功と五聯隊の全滅を対比させる形で、序盤は三十一聯隊の厳しいながらも着実な前進、中盤以降は五聯隊の迷走を描いていく。そして後半、ついに限界をこえた五聯隊の兵士たちがひとりまたひとりと雪の中に倒れていくのだが、このあたりの描写が鬼気迫っている。最終局面、泳いで司令部まで戻ると宣言した兵士たちが川に飛び込んでは動かなくなっていく場面などは、心底ぞっとした。いやな死に方だなあ…最期まで正気だけは保っていたいものだ。
この事件でも生き残りの証言や、軍の記録などはあったのだろうが、まるで見てきたかのような描写である。登山家、気象学者、小説家と、三つの顔をもつ新田次郎の面目躍如。知識、記録、想像力のすべてを総合させて出来上がった極上の山岳小説でありパニック小説だ。久々にページを繰る手が止まらなくなった。

新田次郎というと『武田信玄』や、同姓である新田氏を描いた『新田義貞』など、歴史小説家のイメージだった。もちろん山岳小説の名手であることは知っていたが、読んでみるのはこれがはじめて。
かなりおもしろかったので、今後集中して追ってみたい。