uruya’s diary

夏山登山とツーリング。冬は鉄分多め。

生霊の如き重るもの / 三津田信三

生霊の如き重るもの (講談社ノベルス)

生霊の如き重るもの (講談社ノベルス)

死霊の如き歩くもの

刀城言耶は怪談蒐集のため本宮武の別邸「四つ家」を訪れていた。アフリカの仮面儀礼研究で有名な本宮教授は、後進育成のため「四つ家」を研究所としている。祖父が妾を囲うために作られたという屋敷は、中庭を中心に四つ角の部屋をまわる回廊でつながれており、各部屋を通り抜けなければ別の部屋へ出られない構造になっている。そこには四人の研究者が出入りしており、研究を手伝っている教授の娘美江子は研究者たちのマドンナ的存在になっていた。
晦日にスグショウ族の死霊の話を聞き、明けた新年の夜。研究者のひとりが中庭の真ん中にある四阿で殺害された。犯行当時降っていた雪に下駄の足跡が残されていたが、事件の直前刀城言耶は、下駄だけがひとりでに動いて母屋に向かい足跡をつけているところを目撃していた。まるで姿の見えない死霊が下駄で歩いているかのように。

天魔の如き跳ぶもの

武蔵茶郷に天魔を屋敷神として祭っている箕作という家がある。代々神隠しの噂があったが、戦時中盗み食いに忍び込んだ子供が空中を飛び、その後崖下で死体となって発見された事件があったという。家人に見咎められた少年は、宗寿という狷介な隠居が住む離れに逃げ込むと、忽然と姿を消した。少年の母親は老人が子供を殺したのだと訴えたが、証拠不十分、家格の差、天魔の噂などあり、結局事件はうやむやとなった。その後、つい先日。怖いものみたさで忍び込んだ子供が、またしても行方不明になった。
阿武隈川烏に連れられ箕作家を訪れた刀城言耶だが、こんどは戦中の事件で死んだ少年の妹が、姿を消したという。

屍蝋の如き滴るもの

新進気鋭の怪奇小説作家伊乃木彌勒、その正体は民族学者土淵庄司教授である。土淵教授の父庄三も国学者であったが、ある日突然神がかり、彌勒教という新興宗教を立ち上げた。教団は庄三を中心に数人の幹部で運営されていたが、そのうちに彼らは即身仏を試みることになる。入定したのは庄三氏。だが、その試みは失敗に終わる。即身成仏するはずの庄三氏は、屍蝋となってしまったのだ。これをきっかけに教団は解散し、土淵教授は遺体を屋敷の池の小島に埋葬し、碑を立てた。
ところが最近になって、庄三の屍蝋が関係者の周囲を徘徊し、かつての幹部が変死する事件などが起こっているという。恩師木村有美夫教授の依頼を受けた刀城言耶は、この謎の解決に挑むことになった。

生霊の如き重るもの

木村教授の紹介による、先輩谷生龍之介の相談。
龍之介が少年のとき、神戸(ごうど)にある谷生家に疎開することになった。龍之介はいわゆる妾の子であり、谷生家には長男の熊之介、次男の虎之介というふたりの跡取りがいた。熊之介は死んだ正妻の子だが、病弱で寝たり起きたりを繰り替えしている。虎之介は学徒出陣で出征していたが、彼の母親はやはり妾で、虎之介を跡目につけようと、体の弱い熊之介をなにかと非難している。この家で龍之介は、熊之介のドッペルゲンガーを見るのである。ある日熊之介はついに死を迎えるのだが、その死の前後、熊之介が窓際に立ち、すっとどこかへ消える姿を目撃したのだ。
話はそれだけでは終わらない。戦地で死んだと思われていた虎之介は、終戦から一年ほど立ってから戻ってきたのだが、さらにその二年半後、もう一人の虎之介を名乗る人物が現れたのだ。戦地で心身に傷を負った虎之介はすっかり人変わりしており、実の母ですら、どちらが本物か見分けがつかない。偽者を見破ってほしい、というのが刀城言耶への依頼内容である。

顔無の如き攫うもの

ふと、ある部屋を覗き込んでいる子供に気をとられた刀城言耶は、そこで学生達が怪談会をしているのを知り、我を忘れて乱入した。刀城言耶が悪名高い阿武隈川烏の子分だと知った彼らは、仕方なく仲間に引き入れるが、ここでもっとも口数の少ない平山平太が話をはじめた。
戦前平山少年は、大阪の長屋で暮らしていた。当時富裕層は御屋敷町、庶民は長屋の住み分けがされたいたが、庶民階級でもわりあい裕福な家は南の高級長屋、下層の家は北の低級長屋に住み、住人同士のつきあいにも微妙な影響を与えていた。高級長屋の住人に、選民意識の強い花田という家族がいて鼻つまみとなっていたが、諸々の事情で、平山少年が花田家の少年の遊び相手を勤めることになっていた。この花田少年が、ある日行方不明になってしまったのである。
長屋には禁忌とされている一角があった。二回火事があって二回とも子供が焼け死んだため、それからは空き地となっている場所である。かつて顔を布で隠した顔無地蔵が祀ってあり、それを動かしたことによる祟りではないかとされ、以前にも少女が姿を消した際、顔を隠した子供が出没していたとの噂がまことしやかに流れていた。芸人や職人たちが長屋に出入りしていた正月のある日、花田少年は「泥棒を見つけた」と言い残し、その空き地から姿を消してしまったのだ。

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若き日の学生・刀城言耶が活躍する短編集。

刀城言耶シリーズといえば、横溝的なおどろおどろしい閉鎖村社会を舞台にしたミステリ。民族学をからめた演出などもあり、謎解きに少々強引さはあるものの、ど真ん中ストライクゾーンのシリーズとして全俺が熱狂的に支持している作品であります。今回は短編集、さらに学生時代の話ということもあり、舞台装置はそれほど込み入っていない。謎解き主体で、プラス怪奇譚のスパイスがちょっぴり、といった風情。

毎度のことだが、世界の薄さというのは本格短篇にとって、しばしば致命的である。本格ミステリというのは、ある種ファンタジーだからだ。なんて言うと、たぶん本格原理主義者からは馬鹿あつかいされるだろうけど、俺的にはそうなんだからしかたない。本格世界をどれだけ緻密に構成するか、どれだけ世界に引き込まれるかが大きな要素である。バカミスと言ってよい『凶鳥…』も、だから俺はそれなりに気に入っている。多少強引な解決も、本格世界の中では成立するのだ。しかるに、本作はやはり、短篇であるがゆえの世界の狭さが否めない。奇想トリックが、非現実的に宙に浮いてしまう印象がある。

それでも紙数に比して情報量はかなり多く、怪異の描写もピリッときいて、読み応えのある短編集には仕上がっている。ヤング刀城言耶や、阿武隈川烏のコメディ的描写も多く、シリーズ読者にはサービスたっぷりの作品だ。

結局誰が得するかというと、シリーズ読者を置いてほかになく、新作長編を待っている読者にはお薦めできる短編集であった。