uruya’s diary

夏山登山とツーリング。冬は鉄分多め。

ねじまき少女(上)(下) / パオロ・バチガルピ

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

石油が枯渇した世界。遺伝子操作がごく一般化され、その副作用として独自適応した生物や、恐ろしい疫病が蔓延。一次産業に大ダメージを受けた結果、未汚染の食料を握るカロリー企業が世界を牛耳っている。エネルギー源は主にゼンマイ。工場で生産されるゼンマイに、象を遺伝子操作した巨獣メゴドントを使役し、ジュールを溜めて使用する。また、日本では「ねじまき」と呼ばれる新人類が生産されている。これには何本もの腕を持つ労働用、屈強な肉体の軍事用、セックス用途など、さまざまなタイプが存在する。

海面上昇から首都を守る壁に囲まれたタイ王国。この国では種子バンクを保有して独自の食料自給を行い、カロリー企業からの輸入を絶っている。取り締まりを行うのは環境省の組織、白シャツ隊。隊長は、あらゆる脅迫や贈賄にも応じないことで国民的人気があり、「虎」の異名を持つ元ムエタイボクサー、ジェィディー。より柔軟な貿易を望んでいる通産省は、環境省と対立している。

新型ゼンマイ工場に赴任した西洋人アンダースンは、SMクラブで飼われている、日本人オーナーに捨てられた輸入未認可のねじまき、エミコと出会った。

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SF各賞を総ナメにして話題をさらった作品。ニューロマンサー以来、のキャッチコピーは伊達じゃない。この世界観はスゲェ。まず石油に代わるエネルギーがゼンマイですよ。それか。それを選ぶか。世界に食糧危機をもたらした「瘤病」「ニッポン・ジーン・ハック・ゾウムシ」とか、量子力学を地で行く進化動物チェシャ猫とか、いちいちセンスオブワンダーをくすぐってくる。いやーこれはおもしろい。世界観を前提にして語る方式で、説明的な記述はほとんどないので読み取る労力は必要になるが、逆に読み解く過程を楽しむ感じ。

物語の軸は、架空タイ王国環境省通産省(カロリー企業)の対立。ジェィディーと部下のカニヤがストーリー中で大きな役割を果たす。その二名と本作のトリックスター、ねじまき少女エミコがキーマン。
ねじまきの設定も見所のひとつ。セックスおよび秘書役の目的で製造された遺伝子操作人間で、主人への服従を強く欲求する本能を持つ。身体能力は旧人類をはるかに凌駕し、あらゆる疫病に耐性があるが、すべすべした肌になるよう設計されているため汗腺の数が少なく、はげしい運動をするとオーバーヒートして死んでしまう。外見は旧人類と変わらないものの、特徴的なぎくしゃくとした動作で、ひと目でねじまきと判別できる。さらにその性質上、セックスの相手としては極上の性能である。

舞台のイメージは映画版ブレードランナーに近い。アジア的混沌と、滅亡一歩手前な閉塞感が全体を覆っている。世紀末感ただよう退廃的世界のなか、セックス玩具として飼われているエミコは、新人類だけが暮らすという村へ思いを馳せる。新たな主人を求める本能はアンダースンをその候補とし、アンダースンもエミコの肉体の魅力に溺れていく。一方、アンダースンの工場には中国系難民のマネージャー、ホク・センという老人がおり、マレーシア暴動で失ったかつての地位と名誉を取り戻そうと、野心を膨らませている。そんな中、ジェイディーの身に、ある事件がふりかかる…

ストーリーは、下巻から大きな展開を見せて暴風のようにラストへ一気に流れ込む。それはそれでおもしろい。だが、あえて言うけど、本作の魅力はストーリーよりも世界の方である。
こういう楽しみ方は、文学の形式は様々ながら、SFに特徴的なものではないかしらん。そういう意味で、とてもSFらしいSFだと思った。