uruya’s diary

夏山登山とツーリング。冬は鉄分多め。

山田風太郎ミステリー傑作選3 -サスペンス篇- 夜よりほかに聴くものもなし

鬼さんこちら
小早川武史の妻滋子が会社の金を持ち出して失踪し、翌朝河川敷で着衣のみが発見された。滋子は小早川の二歳年上で、結婚前には悪い男と関わりがあったらしい。少し前に女子事務員が男に金を渡して殺された類似の事件があり、関連性が疑われた。
翌年の春、小早川は以前から関係のあった女と再婚するが、刑事は幾度となく滋子の可能性のある死体を発見しては、小早川に鑑定を依頼する。

目撃者
タクシー運転手関口長五郎は、何者かにつきとばされたように突然飛び出してきた人間を轢いてしまった。しかし目撃者の花売りの女の子は、単に関口が通行人を轢いたのだと証言する。世論はもちろん女の子を支持した。

跫音
月賦建築外交員渋川十作は、クライアントの奥様の頼みで秦に面会する。整った顔をしているが根っからの悪人で、むかし関係のあった女たちがいい家の夫人に納まっているのをいいことに、恋文などをネタにして脅迫を続けている男である。まったくの小心者でぱっとしない自分の人生と、一切悪びれない秦の言動をかさね合わせた渋川は、ついカッとなって秦を絞め殺してしまった。

とんずら
保険外交員真崎平助は、安アパートのわりに立派な調度をそなえた家にいた奥様が、かつて見知った女であることを思い出した。十年ほど前、まだ新宿にパンパンどもが女の壁を作っていたころ。五千円を支払って女を買ったつもりで、まんまととんずらされてしまったことがある。あのときの女だ。

飛ばない風船
バーの女給の裳子と結婚することになった戸田源吾は、出会いのきっかけとなった作家曾谷を訪ねに田舎の村へ向かっていた。しかし戸田の目的は結婚報告ではなく、アリバイ作りである。仕事上のつきあいで逆玉ともいえる縁があった戸田は、古くからのつき合いだった裳子が邪魔になり、ガスの通らない山中でガス自殺を装うという犯罪を計画していたのである。

知らない顔
女房からもばかにされている小市民落合信三郎は、婦女暴行殺害犯凶悪犯岩切綱義にそっくりである。はじめは犯罪者あつかいされて不快だった落合だが、ある妄想を思いつき、実行に移していく。

不死鳥
容貌魁偉な老学者、曾我が変死した。発見当時、少し足りない妾のおゆうは、隣家の芹沢少年と寝ていたらしい。曾我はその真上の天井で、節穴から下を覗くような格好で腐り果てていた。

ノイローゼ
滋子の夫、明の様子がおかしい。死んだ武俊に似てきたという。
滋子はもともと明の恋人だったが、明の従兄弟で十五も年上の武俊と結婚した。その武俊は、数年前謎の自殺をとげ、滋子と明は晴れて結ばれたのだ。しかし明はノイローゼのようになり、武俊とそっくり同じ行動をしはじめた。

動機
重役の娘と結婚して尻に敷かれ、お抱え運転手にまで下に見られている町田速夫。淋病にかかり、昔の恋人の妹と知り合い、義母が死に、おなじ境遇の伏見が死病に取り憑かれていることを知り、ひとつひとつ殺意をつのらせていく。

吹雪心中
小野寺瑞枝と鞍掛康雄は、偶然京都で再会した。すでに中年となり様々なことを背負い込んでいる二人は、なんとなく現実から逃れるように、そのまま連れ立ってK温泉へ向かった。だが、K温泉は突然の吹雪で孤立してしまう。


小宮山貞子女子は、善意のかたまりのような人物である。斜め上ではあるが。
バーのマネージャー伊丹冬三は過去に相当名を売った男だが、現在は落ち着いている。彼を変えたのは二人の子供たちの力によるものであり、なかでも上の男の子はかなり優秀だった。しかしその子が重病にかかり、手術費が必要となった。伊丹は、自分に惚れているホステス町子を使い、工務店の運転手真田真平をキャッチさせる。

寝台物語
弁護士磯谷猪之吉が幻聴に取り憑かれるようになった子細。
その幻聴のもとは「鶯の寝台」。彼が貧乏学生だったころ、書生として住み込んでいた玉虫子爵家にあったもので、陸軍大将から令嬢優子へあてて贈られた略奪品である。猪之吉は優子にあこがれを抱いていたが、優子には飛鳥典彦という婚約者があった。

夜よりほかに聴くものもなし
第一話 証言
目の前で母子がひき逃げされるのを目撃したのは、指名手配犯だった。運転していた医療機器会社社長のドラ息子に有利な証言をしたことから、出所後男は、ドラ息子の運転手として雇われる。

第二話 精神安定剤
刑務所に勤める医者が自殺未遂をし、殺人を犯したと告白した。しかし殺したというのは、幼女誘拐殺人犯の死刑囚で、つい先日病死したばかりである。

第三話 法の番人
右翼グループの幹部が殺害され、現場には女物のコートのボタンが遺留されていた。八坂刑事は、正義感のかたまりのような若い刑事南部と捜査にあたる。

第四話 必要悪
売防法推進者である代議士婦人が一瞬の停電の間に毒殺された。現場にいたのは婦人の娘と秘書のほかに、駐留軍慰安婦に関する本の取材のため集められた、作家、もと慰安婦などである。

第五話 無関係
マノン美容室にあやしいトラブルが連続して発生している。周辺を聞き込みした八坂刑事は、昨年百数十人の死傷者をだした事故の原因となった国鉄機関士の一家が、この集落へ移り住んできていることを知った。

第六話 黒幕
絡まれている娘を助けようとして三人の男たちを次々に刺した洋服屋が、刑期満了して出所した。洋服屋は、かつて自分が刺した愚連隊に、金を与えたりしているという。その目的はなにか。

第七話 一枚の木の葉
土地成金百姓の息子がバーの女給たちと一緒に別荘で殺され、三百二十万円の大金が強奪された。容疑をかけられたのは、土方風の扮装をして山野を歩くのが趣味だという学者である。

第八話 ある組織
オート三輪うしの事故に巻き込まれ、税務職員が死亡した。事故当事者であるふたりの運転手は、他人を装っていたが、じつは顔見知りらしいことがわかる。

第九話 敵討ち
男に利用されて産業スパイを行い、裏切られた末に自殺した娘。父親は娘の復讐を誓い、男の周囲に出没する。これを知った世間は、父親に同情の目をむけて圧倒的に支持した。

第十話 安楽死
病院にいた八坂刑事の前に、美しい女の凍死者が運び込まれてくる。T温泉へ向かう途中吹雪にあい、凍死したのだという夫の嘘を看破した八坂刑事に、夫は、これは安楽死であったのだと告白する。

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短編と連作短編の構成で、中長編はなし。サスペンスらしいサスペンスはあまりなく、いつもどおりアイデア先行のバラエティに富んだ話が多い。表題作の連作短篇『夜よりほかに聴くものもなし』(いいタイトルだ。引用元はヴェルレーヌの詩『道行』、永井荷風訳)は、八坂刑事がやむにやまれず犯行に至った犯人たちを追い詰めていく話。全作のラストに決めゼリフ。

「それでも…」重い意味をふくんだ「それでも」だった。「私はあんたに手錠をかけなければならん」

無邪気な正義感の気味悪さや、マスコミなどを介して共通の「敵」を作り、自分は大所高所にいるつもりで対象者を追い詰める、いじめにも似た大衆心理を描いているものが目につく。本当に悪であるのは犯罪そのものよりも、そうした人の心の動きである、と。

短編のみなので、サクサク読めた。読書リハビリ中の身としてはありがたい。

memo
 1. 眼中の悪魔 本格篇
 2. 十三角関係 名探偵篇
 3. 夜よりほかに聴くものもなし サスペンス篇
 4. 棺の中の悦楽 悽愴篇
 5. 戦艦陸奥 戦争篇
 6. 天国荘奇譚 ユーモア篇
 7. 男性週期律 セックス&ナンセンス篇
 8. 怪談部屋 怪奇篇
 9. 笑う肉仮面 少年篇
 10. 達磨峠の事件 補遺篇