- 作者: 南條範夫
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 1986/04
- メディア: 文庫
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父親や弟の信高と違い、正義感が強く生真面目で固い性格の信康をけむたがっていた信明だが、そこはさすがに人の親である。幕府にはいったん病気と届け出て後に病死とし、信高を嫡子に据える手はずをととのえる一方、甥の月影兵庫を下手人探索にあたらせる。兵庫のサポート役には、腹心の町奉行岩瀬伊予を協力させることにした。
探索をはじめてすぐ、兵庫は富永十蔵という男が信明を恐喝していることを知った。牧野備前守忠精の一族だが、不行跡により一族から除籍された者である。牧野のむすめ菊姫に懸想し、なんとか女房にするため、牧野への口利きを強引に頼みに来ているのだ。脅しのネタは、信安が星屋という者と共同で作成したという、老中連の収賄を糾弾する文書である。富永はその文書を、岩淵という片腕の、痩せた気味の悪い男から買ったという。
その星屋もまた、重要な容疑者である。事件の直前、最後に信康と面会していたのが、儒者星屋式部。この男、奥向きの儒学講義をしているうちに菊姫と恋に落ち、たびたび道ならぬ逢瀬を重ねている。
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月影兵庫の二作目。ここに至ると、すでにテレビシリーズの片鱗もない。『素浪人月影兵庫』は名前だけ借りた別作品と言っていいだろう。むかしの時代劇にはよくあることだが。
ミステリ仕立てですな。ジャンルはハードボイルドミステリで間違いない。快刀乱麻の剣で敵をバッタバッタとなぎ倒しながら、信安殺害犯を追う。ただし首謀者はバレバレだ。そして岩淵の正体もバレバレだ。あんまりわかりやすくて逆に笑うわ。
しかし首謀者はすぐわかるけど、登場人物配置などはよく練られていて飽きさせない。十蔵や星屋など、愛すべきキャラクターも多い。そしてやっぱり凄愴の感はあるのだな。痛快活劇ミステリでありながら、かつ凄愴。
娯楽作であっても、どこかしら陰を負う部分がなければ面白みを欠くものだが、この場合世界観が陰というのがおもしろい。主人公はお気楽なのにね。おまえ御免状でも持ってんのかというくらい好き放題だもの。