uruya’s diary

夏山登山とツーリング。冬は鉄分多め。

完訳 千一夜物語 (十三) / 豊島与志雄・他 訳 その3

完訳 千一夜物語〈13〉 (岩波文庫)

完訳 千一夜物語〈13〉 (岩波文庫)

知識と歴史の天窓

第九七一夜-第九九四夜
父の財産を受け継いだ青年は、長老の薦めに従って古今東西の書物を書閣と名づけた書物庫に収集し、読みふけった。業なると彼は、書閣に人々を招待し、説話をはじめた。

「詩人ドライド、その高邁な性格と高名の女流詩人トゥマーディル・エル・ハンサーへの恋」

詩人かつ剛勇の士であったジュサーム部族のドライドは、敵対するラビアー率いるフィラース部族を略奪に出る途中、女を連れた男を見つけた。女を差しださせるよう要求する使者を出すが、いずれの使者も男に突き倒され帰ってこない。それが数度におよび、自ら赴いたドライドは、男がラビアーその人であることを知る。そして、直前の使者を倒したときに槍を破損し、丸腰であるのを見て取ると、自分の槍を渡して立ち去らせた。
数年後、ラビアーが戦死し、復讐に燃えるフィラース部族はドライドを捕虜にした。名と身分を隠していたドライドだが、女たちの一人が彼の姿を認めた。以前ラビアーに守られていた女、ライタだった。ライタはかつてドライドがラビアーに対し高邁な態度を見せたことを説き、ドライドのものであった槍を渡し、彼を解放した。以後ドライドはフィラース部族とは戦わなかった。
年老いたドライドは、女流詩人トゥマーディル・エル・ハンサーに恋をし結婚を申し込む。トゥマーディルは女奴隷に命じてドライドが小用を足すところを覗かせ、男の機能を判断した上で断りを入れる。ドライドはそれに対し風刺詩をうたい、世間の評判をとった。対するトゥマーディルも、弟が戦死したときに見事な詩を吟じ、その才は男を凌ぐものと評価された。

「詩人フィンドとその二人の娘、女丈夫日輪オファイラと月輪ホゼイラ」

ジムマーン部族のフィンドは詩人ながら高名な騎士でもあった。強力な部族との戦いで、百歳になるフィンドも駆り出され、七十の軍勢を率いて参加したが、そのなかに彼の娘、日輪オファイラと月輪ホゼイラも含まれていた。「髪切りの日」と呼ばれる名高い戦がたけなわとなったとき、姉妹は丸裸となって両翼に展開し、詩をもって士気を鼓舞し、勝利につなげた。

「王女ファーティマと詩人ムラキースとの恋の冒険」

イラク地方のヌーマーン王は、王女ファーティマの操を守るため、宮殿に幽閉し番兵を立てて守らせていた。しかし王女はやがて詩人ムラキースと恋仲になり、こっそり引き入れるようになった。その方法は、侍女が背にムラキースを背負い、足跡がつかぬようにして運び入れるというものであった。
だがあるとき、ムラキースの友人が、背格好が似ているのを幸いに、入れ替わらせてくれと頼んでくる。別人であることに気づいた王女は男を叩き出し、ムラキースに別れの詩を送った。

「フジル王の復讐」

獰猛さで知られたフジル王は、留守にしている間に宿敵ジヤードの侵略を受け、愛妾ヒンドを奪われた。取り戻すために急追をかけたフジル王が斥候を出すと、ヒンドはジヤードと旧知の様子で、フジル王の悪口を言いながら戯れあっていた。この報告を受けたフジル王は、不意打ちをかけて一気にジヤードを殺し、ヒンドを馬裂きに処した。

「妻からの夫の品定め」

ヤマーンの女たちが夫の品定めをはじめ、あるものは口汚く罵り、あるものは尊敬を口にした。最後に預言者の妻アーイシャは、女性のあるべき姿に関しての夫の言葉を伝えた。

「両断者ウマル」

公正で私心なく、「両断者」と渾名されていた教王ウマルの小逸話集。

「歌姫空色のサラーマー」

楽家のクーファ人ムハンマドの教え子で、もっとも容色を誇ったのは「空色」サラーマーだった。多くのものが彼女にかなわぬ恋をしたが、中でもイェジェード・ベン・アユーフは、恋に殉じることになった。ふた粒の真珠と引き替えに唇を奪った彼は、サラーマーの抱え主につけ狙われ、鞭打たれて死んでしまったのである。

「押しかけ客」

トファイルはあらゆる宴会に押しかけていく「碾臼男」の異名を持っていた。ある宴会で魚を賞味していた一同は、大きな魚を隠してトファイルに小魚を出す。大きい魚に気づいたトファイルは、小魚の一匹が、あそこに隠れている大魚が海で死んだあなたの父を食った仇ですよ、と囁いた、と小芝居をうつ。一同は笑って大魚をトファイルに差し出した。

「薄命の寵姫」

教王アル・マハディーは、長兄アル・ハーディーの死後は次子ハールーン・アル・ラシードに跡を継がせるように遺言した。即位したアル・ハーディーはアル・ラシードと母を妬んでいたが、あるとき、ついにマスルールを呼び出し、アル・ラシードの首を斬るように命じる。相談を受けた母ハイズラーン王妃が、アル・ラシードを隠して兄王に真意を問うと、アル・ハーディーが見た夢で、アル・ラシードが彼になりかわって愛妾ガーデルと戯れていたというのである。
王妃の説得で気をとりなおしたアル・ハーディーはガーデルと宴会をはじめるが、そのうちに足に腫れ物ができ、それが破れるとともに命を失ってしまった。その原因は、王妃がアル・ハーディーに飲ませたタマリンド入りのシャーベットの中にあった。
即位したアル・ラシードは、ガーデルらとともに酒宴を開く。ガーデルは、これは昨日兄王が見た光景であると指摘し、詩句をうたうと、突然地に倒れて死んでしまった。

「悲しき首飾り」

歌手ハーシェム・ベン・スライマーンは、アル・ラシードから下賜された首飾りを見て泣き出した。そのわけは以下のとおりである。
ハーシェムがシリアに住んでいたころ、ウマイヤ朝の教王アル・ワリード二世とふたりの歌姫が乗っている船に招かれた。はじめはハーシェムを下賎のものだと思いからかうつもりだった一行だが、彼が何者であるかに気づくと、歌姫のひとりは常々尊敬していることを明かし、教王から下されていた首飾りをハーシェムに贈った。
だがその歌姫は、船から足をすべらせて河に落ち、捜索にもかかわらず、ついにその姿を見つけることができなかった。悲しんだ教王は、ハーシェムから首飾りを譲り受け、かわりに財宝を贈ったのである。その首飾りが、アル・ラシードが征服した国々の財宝にまぎれ、回り回ってハーシェムの手に戻ってきたのである。

「モースルのイスハークと新曲」

歌手モースルのイスハークは、ヘジャズの音楽家アバドの孫と知り合い、彼の祖父が遺したすばらしい音楽を聞かせてもらった。帰ったのちに耳コピしようと考えていたイスハークだが、どうしても旋律が思い出せない。ふたたびヘジャズへの旅を決心していると、ひとりの乙女があらわれ、かのマアバドの歌をうたう。イスハークは彼女の才能を認め、家に迎え入れて以後長く楽しんだ。

「二人の舞姫

楽家イブン・アブー・アティクは、その浪費のためにいつも貧乏していた。友人で教王の侍従アブドゥッラーが、彼の困窮をみかねて教王に紹介するが、望むものを与えるという教王に対し、イブン・アブー・アティクはその場にいたふたりの美しい舞姫を所望する。面目をつぶされたアブドゥッラーがイブン・アブー・アティクを訪ねると、彼は舞姫たちを両膝にのせて上機嫌であった。
それ以後もイブン・アブー・アティクは、細かいことを気にせず明るく楽しく暮らした。

「落花生油のクリームと法学上の難問解決」

最高法官ヤアクーブ・アブー・ユースフは、貧しい家に生まれたため少年のころ染物屋に奉公に出されたが、長老の説法を聞くためにたびたび店を抜け出していた。それを案じた母が長老をなじると、長老はいずれこの子はここで学んだことにより落花生油のクリームを食べる身分になるだろうと答えた。最高法官になったあと教王アル・ラシードと食事をしていると、たまたま落花生油のクリーム菓子が供された。法官は若きころの師の言葉を思い出し、その逸話を教王に語った。
また、ある夜、法官は突然教王に呼び出される。イッサが所有する女奴隷を譲ってくれと頼んでいるのに、頑として承知しないというのだ。イッサは、背いた場合にはすべての奴隷を解放し全財産を寄付する約束で、けして女奴隷を手放さない誓いをたてていたのである。法官は、女奴隷の半分を献上し、半分を売ることで、その難題を解決した。また、男の所有だった女奴隷が次の男の所有になるとき一定期間を待たなければならない決まりについては、女奴隷を解放して自由女性として結婚することで、それを回避した。

「泉のアラビア娘」

アル・ラシードの子、アル・マアムーンの嫁選び。

「しつこさの報い」

アル・マアムーンが即位するとき、異母兄王エル・アミーンとの争いが起こったが、戦いが終結したあともっとも頭を悩ませたのは、兄の母セット・ゾバイダの扱いであった。結局アル・マアムーンはゾバイダ妃を迎え入れるが、ゾバイダはいつまでも教王に対し恨みがましい目を向けていた。あるときゾバイダは教王を見ながら何やらもごもご言っていたが、それを見咎めたアル・マアムーンが問い詰めると、ゾバイダは次の話をした。
むかし教王と将棋の勝負をしたとき、負けた罰として裸で走り回ることを強要された。その屈辱を忘れず、次に自分が将棋に勝ったとき、一番醜く汚い女奴隷と寝る罰を教王に課した。そのとき、女奴隷と教王のあいだにできた子がアル・マアムーンである。あのときしつこく復讐しようとした報いで、自分はいま我が子を失っているのだ。

つづく。